2011年12月アーカイブ

戦時経済体制のなかでは、電話事業からの収益が財政難に悩む政府を大いに助けた。


戦前、電話事業は特別会計であったこともあるが、長年にわたり、一般会計に取りこまれていました。


政府は電信電話事業を独占し、利用者から独占超過利潤を吸収しても、その一部分しか電信電話サービスの改善やその拡大生産のために振り向けず、利益の大部分は一般会計への貢納に当てられていたのです。


そのため、電信電話事業は完全に拡大再生産能力を喪失し、需給の不均衡は年々拡大していきました。


そのような経緯があり、ドコモ 大和は生まれたと思うと凄いですよね。


前回の続きになりますが、表向きの理由としては、いくつか考えられるようです。


docomo 大和の携帯電話でもそうでしたが、第一に、膨大な設備投資を必要とする事業であるため、民営では採算的に不可能であるという理由。


第二に、通信の秘密を守らなければならないという観点、および広く全国民をサービス提供の対象とするため、業務の公平を確保しなければならないという観点から、公共事業としての性格上、民営形態は許されるべきではないという理由、等々。


なるほど、どれも、それはそれでありそうな理由なのだが、民営化させることができなかったほんとうの理由は、じつは、別のところにあったのではないかともいわれています。


それは、一言でいえば、「国の財政の重要な財源」を継続させるためであった、という見方だ。