設備の拡張投資

設備の拡張投資は、毎年の予算によって制約を受け、拡張計画はコマ切れをくりかえし、ついに電話は申し込んでもつかないものという観念を一般に広めてしまいました。


これがいわば「つかない電話」を生みだし、民営化論を登場させたおおもとといえよう。


通信網の建設は、直接軍事・行政目的であれば政府投資として、国内はもとより、朝鮮、台湾などの当時の日本の支配地においても莫大な投資を行い、一朝有事の際には、全国津々浦々にいたるまで動員命令を伝達可能とする体制をとっていました。


つまり、docomo 大和の歴史と言っても過言ではありません。